探索探検

 今日、地元を知ろうとお出かけ。母親と祖母とともに歩いていた。楽しく食べたり歩いたり、有意義な日曜日を過ごせるかと思ったのだが、ちょっといろいろあって。私のテンションはかなり低くなった。
 みんなにはいるだろうか。絶対的、そしてもともと確定しているような自分には合うことのできない人が。
 私にはいます。どうしても合わない。その合わなさが半端じゃなく、そして恐怖すら覚える人が。
 そんな人に2人そろって似ている。似ていると言われるものだから、悲しくなって、そして絶対にそんな風に言ってほしくない台詞をビシビシ言われて、落ち込みました。
 合わないのは私が思っているだけではなく、相手もそう思っているでしょう。
だから、けっして愛想交えない関係で、そして互いに嫌っているのではなく合わないことを理解していると思います。
 私はその人に恐怖を覚えているけど、その人は私をどう見ているのかわかりません。
けれども、その人にも悲しみを覚えているのはわかります。悲しいから私に当たるのか?それとも小さい頃の私を見てきたその人にとって私は泣き虫だったので、しかも女の子だったから苦手だったのかもしれない。そんな人がいます。年上だけど、年上の人にも思えない、こんな悲しい自分と、わかることのできない恐れを持つ私。
 そうして、同じと言われるだけで、涙が出そうになるのは、その人に与えられた傷がよほど深かったから。そしてそれを気づいてくれない、親たちに悲しかったのだ。
 まあ、私は思っても口にしないで考えてしまう、悪い癖があるのでしょうがないのですが、日本人は以心伝心という、外国の人とはまた違う特有の性質を持っているそうで、私は完璧日本人型であることがわかりますね。
 思っても口にしないのは、本心をさらけ出すのが苦手だから。
本心ってとどめることも大切だけど、言わなくてはいけないときもある。
 それが私にはわからない。
きっと、それをわかっている人が、いつも尊敬する人なんだろう。
 同じにされて悲しいと言った自分は酷いと思うけど、そうやって
自分否定をすることに疲れたので、ほめてあげる。
 同じだけきっと傷つけ合ってきたのだと思おう。
きっとその人は私を理解していないんだ。私もその人を半分以下しか理解してないけど。
 いつか、向き合えるとき私の震えはとまっているだろうか。
そして、友達さえもつくってしまうこの大きな壁に小さくても良いから穴を開けることができるだろうか。
 いや、きっとできる。運命や、人生なんて自分が何とかすれば必ず変えて見せられるんだから。

 まあ、ここまで書いたら暗いので、ちょっとつけたし。(笑)
その後、機嫌を直した私は(早い)やけ食い?かそれとも精神的に体力を使ったのか、本日2度目のお昼ご飯をいただきました。
 歩き回って体力を使い果たし、また補充みたいな?
結構楽しかったですね。 今度は、もうちょっと違うところに足を伸ばそうと思います!!